何もできない、と思った日。

「もう無理。かかわらないで。そっとしといて。」

中学1年の半ばから、学校に行けなくなった娘。

中3になったら学校に行くんだ、と言っていた。


けど、結局 現実は変わらなかった。

「学校は行かなくてもいいよ。」

どこかで借りてきたような言葉をかけてみていたけれど、


本音ではなかった。

そう言っていたら、行くようになるかな、くらいの下心で


“いい親のふり”をしていた。

ねぇ、転校してもいいよ


高校、こういうところもあるよ


ちょっと、スマホ使いすぎじゃない?


誰と話してるの?

朝から晩まで娘の様子を観察して、話しかけて


なんとか“いい娘の反応”を引き出そうとしていた。

いろんなところに相談にも行った。


そのたびに思っていた。

「私はこんなに頑張っているのに、どうしてうまくいかないんだろう」

———

ここで、やっと気づいた。

私は、娘を見ているようで


“自分が安心したかっただけ”だった。


やめてみたことがある。

まず、スマホの制限。

気になって、気になって、


ずっと見張っていたのをやめた。

正直、最初は怖かった。


何をしているのか分からない時間が増えるのが。

でも、少しだけ家の空気が静かになった。

———

それと、もう一つ。

お金の心配を、ずっと頭の中で転がし続けるのをやめた。

考えても増えないのに、


ずっと不安だけが膨らんでいく感じがしんどくて。

だったら、少しでもいいから


自分で動いてみようと思った。

それで、ブログを始めた。

正直に言うと、ちょっといやらしい理由かもしれない。

でも、

「自分で稼げるようになったら、


今抱えている不安のいくつかは


なんとかなるんじゃないか」

そう思った。


娘をなんとかしよう、じゃなくて


自分にできることを探そう、に少しだけ切り替えたんだ。

きれいに切り替えられたわけじゃない。


今でも気になるし、揺れてばかりではある。

でも、全部を背負おうとするのは、やめてみた。

———

もし、自分がパソコンひとつで何かできるようになったら。

それだけで、少しは


「この先どうにかなるかもしれない」と思える気がした。

娘のことも、


今より少し落ち着いて見られるんじゃないか、なんて。


大きく何かが変わったわけじゃない。

でも、前より少しだけ


「どうにもならない感じ」

は減った気がしている

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